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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)74号 判決

原告 イーストマン・コダック・カンパニー

被告 特許庁長官

主文

一  特許庁が、同庁昭和五七年審判第一九六九二号事件、同第二〇三八五号事件及び同第二〇三八四号事件について、平成元年九月二一日にした各審決をいずれも取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続きの経緯

1  原告は、昭和五〇年一二月二四日、第一類「化学品、薬剤、医療補助品」を指定商品とし、「KODAK」の欧文字を横書きしてなる商標(以下「本願商品1」という。)を登録出願したが、昭和五七年五月一七日に拒絶査定を受けたので、同年九月二五日、拒絶査定に対する審判の請求をし、特許庁は、同請求を昭和五七年審判第一九六九二号事件として審理した。

2  また、原告は、昭和五四年五月一〇日、第一類「化学品」を指定商品とし、別紙1の構成よりなる商標(ただし、地及び文字は白色、デザイン化された「K」の部分は黒色、以下「本願商標2」という。)及び別紙2の構成よりなる商標(ただし、地及び文字は黄色、デザイン化された「K」の部分は赤色、以下「本願商標3」という。)を登録出願したが、いずれも昭和五七年六月七日に拒絶査定を受けたので、同年一〇月七日に拒絶査定に対する審判の請求をし、特許庁は、本願商標2に係る請求を昭和五七年審判第二〇三八五号事件とし、本願商標3に係る請求を同第二〇三八四号事件として、それぞれ審理した。

3  特許庁は、平成元年九月二一日、右各審判事件について、いずれも「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その各謄本は、同年一一月二二日、原告に送達された。なお、出訴期間として九〇日が付加された。

二  本件審決の理由の要点

1  本願商標1について

本願商標1は「KODAK」の欧文字を横書きしてなり、第一類「化学品、薬剤、医療補助品」を指定商品とし、昭和五〇年一二月二四日に登録出願されたものである。

これに対し、原査定において本願商標1の拒絶の理由に引用した登録第六九二四三〇号商標(以下「引用商標」という。)は、「コザック」の片仮名文字を横書きしてなり、第一類「化学品、薬剤及び医療補助品」を指定商品として、昭和三九年七月二四日に登録出願、同四〇年一二月一〇日に登録され、現に有効に存続しているものである。

よって思うに、本願商標1は、「KODAK」の文字を横書きしてなるから、これに相応して「コダック」の称呼を生ずるものと言える。

他方、引用商標は「コザック」の文字を書してなるから、「コザック」の称呼を生ずることは明らかである。

そこで、両称呼についてみると、両者は、同数の四音より構成され、第二音において、「ダ」音と「ザ」音の差異を有しているが、この差異音にしても母音(a)を共通にする濁音であり、かつ、共に促音を伴って強音として発音され、聴感において近似した音となることから、この差異音が他の構成音とすべて共通にする両者に及ぼす影響が少なく、両者を全体として称呼するときは、その語感語調が極めて近似したものとなり、互いに紛れて聴取されるおそれのあるものとみるのが相当である。

そうしてみると、本願商標1と引用商標は、その外観及び観念において区別し得る差異があるとしても、称呼において紛らわしい類似の商標といわざるを得ない。また、両者は、その指定商品を共通にするものである。

したがって、本願商標1は、商標法四条一項一一号に該当し、登録することができない。

2  本願商標2について

本願商標2は、別紙1に表示した構成よりなり、第一類「化学品」を指定商品とし、昭和五四年五月一〇日に登録出願されたものである。

これに対し、原査定において本願商標2の拒絶の理由に引用した引用商標は、構成、指定商品及び登録の経緯を右1記載のとおりとするもので、現に有効に存続しているものである。

よって思うに、本願商標2は、別紙1に表示したとおりの図形と文字の組み合わせからなり、かかる構成においては、顕著に表示された「Kodak」の文字に着目し、これにより生じる称呼をもって取引に資することが決して少なくないものといえる。したがって、本願商標2は、「Kodak」の文字に相応した「コダック」の称呼を生ずるものと言える。

他方、引用商標は「コザック」の文字を書してなるから、「コザック」の称呼を生ずることは明らかである。

そこで、両称呼についてみると、両者は、同数の四音より構成され、第二音において、「ダ」音と「ザ」音の差異を有しているが、この差異音にしても母音(a)を共通にする濁音であり、かつ、共に促音を伴って強音として発音され、聴感において近似した音となることから、この差異音が他の構成音をすべて共通にする両者に及ぼす影響が少なく、両者を全体として称呼するときは、その語感語調が極めて近似したものとなり、互いに紛れて聴取されるおそれのあるものとみるのが相当である。

そうしてみると、本願商標2と引用商標は、その外観及び観念において区別し得る差異があるとしても、称呼において紛らわしい類似の商標といわざるを得ない。また、前者の指定商品は、後者の指定商品に包含されているものである。

したがって、本願商標2は、商標法四条一項一一号に該当し、登録することができない。

3  本願商標3について

本願商標3は、別紙2に表示した構成よりなり、第一類「化学品」を指定商品とし、昭和五四年五月一〇日に登録出願されたものである。

これに対し、原査定において本願商標3の拒絶の理由に引用した引用商標は、構成、指定商品及び登録の経緯を前記1記載のとおりとするもので、現に有効に存続しているものである。

思うに、本願商標3は、別紙2の構成よりなるところ、特定の称呼、観念を生じない図形中に「Kodak」の欧文字を明瞭に表してなるから、該欧文字に着目しこれにより「コダック」の称呼を生ずるものである。

他方、引用商標は「コザック」の文字によりなるから、「コザック」の称呼を生ずる。

そこで、両者の称呼上の差異をみるに、第二音において、「ダ」と「ザ」の音に差異を有するが、この両者は母音(a)を共通にするとともに、その子音部分も調音部位が接近している子音(d)と子音(z)の差にすぎないとともに有声の濁音であり、かつ、それぞれが促音を伴っていることから、音調においても近似して、両者をともに一連に称呼するときは、全体として語感、語調が極めて相似たものとなり、聴感において互いに相紛れるおそれがあるものと認める。

してみれば、本願商標3は、引用商標と称呼上類似の商標であって、その指定商品も引用商標の指定商品に含まれるものであるから、本願商標3を商標法四条一項一一号に該当するとした原査定は、妥当であり、取り消すことができない。

三  本件審決を取り消すべき事由

本件審決には、本願商標1ないし3(以下、本願商標1ないし3を総称する場合は、単に「本願商標」という。)と引用商標との相違点の認定を誤った違法(取消事由1)、相違点の評価を誤った違法(取消事由2)及び類否判断において考慮すべき著名性を全く考慮せずに行った違法(取消事由3)があり、取り消されるべきである。

1  取消事由1について

本願商標から「コダック」の称呼が生じ、引用商標から「コザック」の称呼が生じるものである。本件審決はこの両商標の称呼上の差異を、単に第二音が「ダ」と「ザ」である点に限定して認定している。しかし、本願商標と引用商標とは、アクセントの位置が異なるものであり、このことにより両商標は明瞭に識別できるのである。本件審決はこの点における両商標の差異を看過したものである。

すなわち、本願商標は、第一音「コ」にアクセントを置いて称呼される特定の観念を有しない造語であり、このような造語におけるアクセントについては、その取引上の現実の使用態様を重視すべきであるところ、本願商標1は、極めて著名な商標「KODAK」そのものであり、また、本願商標2及び本願商標3は極めて著名な商標「Kodak」を基本とするものであり、その現実の使用態様においてアクセントが第一音「コ」にあることは顕著な事実である。

これに対して、引用商標の「コザック」は、ロシア・コーカサス地方の騎兵隊の名称として、つとに知られており、第二音にアクセントを置いて称呼するのが自然である。

このように、第一音にアクセントを有する本願商標と、第二音にアクセントを有する引用商標とを一連に称呼してみれば、その語感・語調は著しく相違しているというべきである。

しかも、前述のとおり、本願商標は極めて著名な造語商標であるのに対し、引用商標は特定の観念を有するものであり、このように意味・観念の全く異なる語にあっては、わずかな相違も容易に聞き分けられることは、日常の経験に照らしても明らかである。

したがって、本件審決は、本願商標と引用商標の重要な相違点を看過して類否判断を行ったものであり違法である。

2  取消事由2について

本件審決は、本願商標と引用商標との相違点である第二音の「ダ」と「ザ」の音につき、母音(a)を共通にする濁音であり、かつ促音を伴って強音として発音されるから、聴感において近似した音になる、とする。

しかしながら、本願商標の第二音の「ダ」は歯茎破裂音であり、音感において重くよどみがある。これに対して、引用商標の「ザ」は歯茎摩擦音であり、音感において明るく軽快なものである。

本件審決は、右のような本願商標と引用商標の第二音の違いにつき、音感の相違に思い至らず、聴感において近似した音となると断定し、その結果両商標を全体として称呼するときは、互いに紛れて聴取されるとするが、右に述べた第二音の音感の相違を勘案すれば、両商標を全体として称呼したときも両者は語感・語調において明瞭な差異があるというべきである。

このことは、「ダック」と「ザック」を比較すれば明らかであろう。「ダック」と「ザック」の場合、両者は明瞭な語感・語調の差異が感知される。しかるに、「コ」の音を両者の先頭においた本願商標と引用商標において、その差が突然消失してしまうと考えるのはいかにも奇異である。

さらに、前述のとおり、本願商標が極めて著名な商標であることを勘案すれば、両商標が互いに紛れて聴取されることはないというべきである。

以上のとおりであるから、本件審決は、本願商標と引用商標との相違点の評価を誤ったものというべきであり、違法なものである。

3  取消事由3について

本願商標1「KODAK」あるいは本願商標2及び本願商標3の主たる構成要素であり、称呼が生じる「Kodak」の部分は、原告がフィルムに使用する商標として極めて著名であることは、顕著な事実である。

しかも、「KODAK」あるいは「Kodak」は、フィルムだけではなく、本願商標の指定商品である第一類「化学品、薬剤、医療補助品」においても、著名な商標である。

すなわち、原告は、一九二〇年ころから化学品の分野へ事業を広げ、七〇年にわたって成長を続け、一九八八年時点で化学品の売上高は三〇億ドルに達し、原告の全売上高の一七%を占めるまでになっている。

我が国においても、一九五二年(昭和二七年)以来、各種化学品を「KODAK」あるいは「Kodak」の商標により販売してきており、販売高も最近の三年間を例にとると一九八六年(昭和六一年)が約五六億五千万円、一九八七年(昭和六二年)が約六三億円、一九八八年(昭和六三年)が四九億一千万円であり、年平均約五六億二千万円に上る。

したがって、「KODAK」あるいは「Kodak」は第一類の商品についても、原告の商標として著名である。

ところで、商標は、取引において、その商品が自己の製造、販売にかかるものであることを表彰するために使用するものであるから、商標の類否の判断に当たっては、取引の実情において、取引者又は需要者の間に商品の出所の混同を引き起こすおそれがあるかどうかによって決すべきである(東京高等裁判所昭和六〇年一〇月一五日判決)。

この観点からすれば、本願商標は周知、著名商標であり、したがって、本願商標をその指定商品に使用し、あるいは「コダック」の称呼をもって取引がなされた場合、その取引者、需要者は、その商品を原告の製造・販売にかかるものと認識する蓋然性が極めて高く、引用商標の商標権者の製造・販売にかかるものとの印象を一般に与え、商品の出所の混同を生じるおそれはないものというべきである。

しかも、本願商標と引用商標とは前述のとおりの音の相違があるのであるから、本願商標と引用商標とは類似しないというべきである。

以上のとおり、出願商標の著名性は、類否判断において重要な点であるにもかかわらず、本件審決は、本願商標と引用商標との類否判断において、本願商標の著名性を看過し、これを考慮することなく両商標を類似するとしたものであるから、その判断に違法がある。

なお、引用商標が著名であることは認める。

第三請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

1  取消事由1について

商標の類似とは、その商標をある商品について使用した場合に、商品の出所について誤認混同を生じるおそれがある程度に紛らわしいことをいい、その商標の類否は、それが使用される商品の一般の取引者、需要者の注意力を基準として、商品の種類、性格、属性、取引業界の商慣習、その他取引の実情等を配慮した上で、客観的に判断すべきものとされている。

しかして、商標の類否判断は、推移変遷する取引の実情及び時代の要請に応えるものでなければならないところから、諸種の社会的要請をも考慮してなされなければならない。

そこで、本願商標の指定商品についてみると、本願商標の指定商品は、商標採択の理由、商標使用者の事情等を知らない一般の取引者、需要者によっても取り扱われる商品であるとともに、これらのうちには混同若しくは誤認した場合に、生命に影響を及ぼす商品も存在することから、商品の混同若しくは誤認を生じさせるおそれのある商標の使用を防止しなければならない。したがって、商品に使用することを前提とする商標制度においても、このような商標を登録すべきでないことは他言を要しないものである。

次に、外国語に由来する商標の称呼の認定においては、普通一般の取引上の注意をもってする取引者、需要者によって商品について混同若しくは誤認されるかどうかを基準とすべきであり、辞書等に記載されている外国語本来の発音、アクセントのいかんとは必ずしも直接の関係はないものである。

本件審決は、前記した指定商品の取引の実情を考慮して、本願商標の「コダック」の称呼と引用商標の「コザック」の称呼における中間の第二音の差異音(共に歯茎音)が母音(a)を同じくするものであり、かつ、促音を伴うものであることから、母音(a)が強調された発音となり、加えて、他の音を同じくすることと相俟って、この差異音が全体に及ぼす影響が少なく、両者の称呼はその語調語感が近似したものとなり、互いに紛れるおそれがあるものと認定したものである。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  取消事由2について

本願商標の「コダック」及び引用商標の「コザック」の称呼は、共に常に一体に称呼されるものであり、また、第一音の「コ」音が省略されることなく明確に発音され、かつ、末尾の「ク」音も明確に発音されるものである。そして、両者は、中間の第二音に位置する差異音の「ダ」と「ザ」音が、破裂音と摩擦音の差異があるとしても、共に有声の濁音で、かつ、母音(a)を同じくする歯茎音で促音を伴うことから、母音(a)が強調された発音となり、加えて、他の音を同じくすることと相俟って、この差異音が両者の称呼全体に及ぼす影響が少ないものとなる。したがって、両者の称呼は、全体として一連に発音した場合には、その語調語感が近似したものとなり、殊に時と所を異にして称呼したときは、互いに紛れて聴取されるおそれがあるものである。

原告は、本願商標の「コダック」の称呼と引用商標の「コザック」の称呼の第一音の「コ」音を省略しなければならない特段の理由が存在しないにもかかわらず、これらより「ダック」及び「ザック」の部分のみを抽出して両者の称呼が類似しない旨の主張をしている。しかしながら、両者の称呼は、共に第一音の「コ」音が省略されることなく明確に発音されるものであり、差異音の「ダ」と「ザ」の音が語頭の第一音における差異音が常に一体として称呼される全体の称呼に及ぼす影響が少ないことから、両者が称呼において類似するものであることは前記のとおりである。したがって、本件審決が相違点の評価を誤ったものであるとの原告の主張は理由がない。

3  取消事由3について

被告は、「化学品」に「Kodak」の商標を使用して著名であるとの原告の主張は不知である。

また、原告の「Kodak」の商標が「フィルム」に使用する商標として著名であることは、否定するものではないが、そのことのみをもって、「化学品」についての著名性を是認しなければならない根拠とはなし得ない。

一方、引用商標の「コザック」は、指定商品に包含されている「抗白癬剤」に現実に使用されており、指定商品等を取り扱う医薬業界及びその需要者に知られているものといえる。

本件審決は、このような事情に加え、引用商標と称呼において前記のとおり中間の一音の微差にすぎない本願商標が誤って聞き取られ、互いに思い違いをして、薬品名を間違う事態の発生のおそれも高いことから、両商標は称呼において類似するものと認定したものであり、本件審決の判断に誤りはない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続きの経緯)及び同二(本件審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

二  そこで、取消事由について検討する。

1  取消事由1について

(一)  本願商標からは「コダック」の称呼が生じ、引用商標からは「コザック」の称呼が生じることについては当事者間に争いがない。

(二)  原告は、本願商標「コダック」は第一音「コ」にアクセントを置いて称呼される特定の観念を有しない造語であり、他方、引用商標「コザック」は、ロシア・コーカサス地方の騎兵隊の名称として、つとに知られており、第二音にアクセントを置いて称呼するのが自然であるから、本願商標と引用商標とは、アクセントの位置が異なり、第一音にアクセントを有する本願商標と、第二音にアクセントを有する引用商標をそれぞれ一連に称呼してみれば、その語感・語調は著しく相違しているというべきである旨主張する。

(三)  よって検討するに、成立について争いがない甲第四号証によれば、「Kodak」を発音する場合に第一音にアクセントがあることが認められ、また我が国においても本願商標を第一音にアクセントを置いて称呼されている場合のあることは、当裁判所に顕著な事実である。

しかしながら、我が国においては、外国語をその発音どおりに発音することなく、アクセントの位置を変えたり、ローマ字読みしたり、日本語の母音や子音に変えて発音されることがあること、そして、本願商標においても、第二音の「ダ」にアクセントを置いて称呼される場合があり、特に、本願商標単独では第一音にアクセントを置いて称呼されるとしても、例えば、本願商標にフィルムやカメラなどの語が続いた場合には、第二音にアクセントを置いて称呼される場合が多いことも、また当裁判所に顕著な事実である。

(四)  したがって、本願商標が第二音にアクセントを置いて称呼される場合には、第二音にアクセントがあると原告が主張する引用商標と、アクセントの位置について差異はない。

なお付言するに、「コザック」の語が、原告主張のとおり、ロシア・コーカサス地方の騎兵隊の名称として、つとに知られており、我が国において第二音にアクセントを置いて称呼されるのが通例であるが、引用商標の「コザック」が第一音にアクセントを置いて称呼される場合も少なくないことも当裁判所に顕著な事実であるから、その点からも本願商標とアクセントの位置が異なるとはいえない。

2  取消事由2について

(一)  原告は、本願商標と引用商標とは、第二音である「ダ」の音と「ザ」の音に、音感の相違があるから、この相違を勘案すれば、両商標を全体として称呼したとしても両者は語感・語調において明瞭な差異がある旨主張する。

(二)  本願商標「コダック」と引用商標「コザック」とは、共に促音を加えても四音であって、通常全体として一連に発音され、両者の相違点である第二音の「ダ」と「ザ」の音は、母音(a)を共通にする濁音であり、かつ促音を伴っていることは、その記載から明らかであり、「ダ」は歯茎破裂音であるが「ザ」は歯茎摩擦音であることについては、当事者間に争いがない。

(三)  右事実によれば、本願商標「コダック」と引用商標「コザック」とは、全体が促音をまじえて四音と短い上に、第二音に位置する差異音の「ダ」と「ザ」の音が、破裂音と摩擦音の差異があり音感に軽重の差異があるとともに、促音を伴うことから、促音の前の音である差異音の「ダ」あるいは「ザ」が強調された発音となり、両者の称呼は、全体として一連に発音した場合には、その語感・語調において多少近似しているとはいえ、かなり差異があるといえる。そのことに、後記3のとおり、本願商標の主たる構成要素である「KODAK」あるいは「Kodak」の部分から生じる「コダック」の称呼が、原告の使用する商標の称呼として極めて著名であり、また引用商標の称呼である「コザック」も、引用商標の称呼としても、ロシア・コーカサス地方の騎兵隊の称呼としても、著名であることを併せ考えれば、取引者はもとより、国民一般が本願商標と引用商標の称呼を混同し、相紛れるおそれは極めて少ないものと認められ、両者は称呼において類似しないものということができる。

3  取消事由3について

(一)  本願商標1「KODAK」あるいは本願商標2及び本願商標3の主たる構成要素であり、称呼が生じる「Kodak」の部分は、原告がフィルムあるいはカメラに使用する商標として極めて著名であることは、当裁判所に顕著な事実であり、原告がフィルム、カメラのみならず各種化学品を取り扱う会社としても周知であることも、また当裁判所に顕著な事実である。(平凡社「世界大百科辞典」一九六四年七月二〇日初版「イーストマン・コダックかいしゃ」の項、講談社「日本語大辞典」一九八九年一二月一日発行「イーストマン・コダック」の項各参照)。一方、引用商標の「コザック」が著名であることについては当事者間に争いがない。

(二)  ところで、商標は、取引において、その商品が自己の製造、販売等営業にかかるものであることを表彰するために使用するものであるから、商標の類否の判断に当たっては、その商品の取引の実情において、取引者又は需要者の間に商品の出所につき混同を引き起こすおそれがあるかどうかによって決すべきものと解するのが相当である(当裁判所昭和六〇年一〇月一五日判決・無体裁集一七巻三号四四四頁参照)。

前記のとおり、本願商標は極めて著名な商標であり、また引用商標も著名な商標であるから、本願商標がたとえ「化学品」について著名でないとしても、本願商標をその指定商品に使用し、あるいは「コダック」の称呼をもって取引がなされた場合、その取引者、需要者は、当該商品は、原告の製造販売にかかるものであると認識する蓋然性が極めて高く、それが引用商標の商標権者の製造販売にかかるものであるかのような印象を一般に与え、商品の出所につき混同を生ぜしめるおそれがあるものとは認めがたく、この点において、本願商標は、引用商標に類似しないものと解するのが相当である。

(三)  被告は、商標の類否判断は、諸種の社会的要請をも考慮してなされなければならないところ、本願商標の指定商品についてみると、本願商標の指定商品は、商標選択の理由、商標使用者の事情等を知らない一般の取引者、需要者によっても取り扱われる商品であるとともに、これらのうちには商品について混同若しくは誤認した場合に、生命に影響を及ぼす商品も存在することから、商品の混同若しくは誤認を生じさせるおそれのある商標の使用を防止しなければならない旨主張する。

そして、成立に争いのない乙第一、二号証の各二によれば、紛らわしい薬の名前の場合に、医師あるいは薬剤師ですら間違いやすく、生命や健康に影響を及ぼしかねない事態に至ることもないではないこと、「「医薬品の製造承認に関する基本方針」の運用上の諸問題について」(昭和四三年二月二二日厚生省薬務局)(薬業時報社「製薬関係通知集」一九七八年版一二〇頁)によれば、相互に混同しやすい名称については、「商標法による連合商標がすべて紛らわしいという見解はとらないが一般人が混同しやすいものは一切認めない。」旨記載されていることが認められる。

右事実によれば生命や健康に影響を及ぼす医薬品の名前は、一般人はもとよりのこと医師や薬剤師にとっても、混同しやすいものが好ましくないことは明らかである。しかし、このことから、直ちに本願商標を登録すべきでないことにはならない。すなわち、本件においては、本願商標は極めて著名な商標であり、引用商標も著名な商標であって、一般の取引者にとってその商品の出所の混同がされるというおそれはないのみならず、商標の類否判断は、諸種の社会的要請をも考慮しなければならないとしても、混同しやすい名前の医薬品から生じるであろう危険を回避し、国民の生命、健康を保護するのは、医薬品の製造承認の権限を有する厚生省の所管に属することであるから、いかなる医薬品に類似した名前を使用した場合に、混同を生じて国民の生命、健康に影響を及ぼすかは、これを所管する厚生省に判断を委ねるべきであり、商品の出所について誤認混同を生じるおそれを防止すべき商標の登録の当否の判断に、かかる事項までをも考慮し、一般の商標の類否判断とは異なる基準に基づき判断すべきではないことは、商標制度の趣旨からして当然である。

したがって、この点に関する被告の右主張は採用できない。

4  以上の理由により、原告の本件審決の取消事由2及び3は理由があり、本願商標が商標法四条一項一一号に該当し登録することができないとした本件各審決は、違法として取消しを免れない。

三  よって、本件各審決の取消しを求める原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 元木伸 西田美昭 島田清次郎)

別紙1

別紙2

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